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第11コースめ初日。通院しました。

今日から、XELOX + アバスチンの第11コース目が始まりました。なので、病院へ行ってきました。

まずは、婦人科。エストラーナテープについて、太るという副作用があるか、質問しました。答えは、「副作用で太るのは考えにくい。ただし、直接的な食欲増進作用ではないが、エストラーナはホルモン剤なので元気は出る。その一環で食欲が増すのは考えられる。」とのことでした。

次に、消化器内科です。

主治医に、おへそのグリグリと右腹の痛みを告げたら、やはりガンだって。(前回もこんな会話したな~)で、前のCTを再び細かくみせてもらって、今日はちゃんと、播種がどれだけあるか、見ました。いっぱい、あるある。1センチくらいのちっちゃいのばかりだけど、まー、あるある。肝臓、横隔膜、大網、腸に点々と。

でも自覚症状は殆どないわけで、あるとすれば抗がん剤の副作用のほうがしんどい。だから、抗がん剤を止めたらどうなるか、質問しました。

そしたらね。「症状が出るよ」だって。なら、症状が出てから抗がん剤をやればいいのでは?それまでは普通に元気に生活したいんですけど?ときいたら、

「症状が出たら抗がん剤の適応じゃなくなるよ」だって。腹膜播種の症状っていったら、腹水と腸閉塞ですもんね。そら、抗がん剤できんわ。と思いました。

「でも、ある程度の期間、症状が出ない人もいますよね。どのくらいで症状って出るんですか?」

「早い人は、一か月で出ちゃう。」

「でも私のは、遅い可能性もありますよね?遅ければ、何年かは無症状で過ごせるんですよね?」

「いや~、年単位はないよ!長くて、半年。」

どっひゃーん。半年で、腸閉塞?半年で、腹水?たった、半年?元気でいられるの、たった、半年?!

びっくりしすぎて・・・・笑いました。

「えええ~、まじですか~wwww」

先生も思わず笑顔が出ましたよ。すぐ真顔に戻ったけど。もう、笑うしかできなかったんですよ、私。

そして、とにかく、抗がん剤は、やりましょう、と。私が「腹膜播種の情報って少なくて、ネットとか見ても少ないんです」と言ったら、「そうだろうね。」って。で、「大腸がんの腹膜播種で長生きしてるっていうブログを一つも見つけられないんですよ」って言ったら、「そうだろうね」って。

話してるうちに、ちょっと涙目になりました。

その後、ATCの看護師さんに、ずーっと話をきいてもらっていました。(今日の点滴は、アバスチンのみでした)

先週の「ドクターX 外科医・大門美知子」というドラマを見た方、いますかね?患者が大腸がんの腹膜播種の患者で、手遅れだの、手の施しようがないだのという会話のシーンがあったんです。それを見て「腹膜播種って世間のイメージもこうなんか」と再確認して、しかも今日のケモ中に、TVをつけたらその再放送をやっていた。

看護師さんと色々話しました。そして、やはり、「今、この元気に動ける時間に何をするか、それだけ考えましょうよ!」と、話は落ち着きました。この看護師さん、私の大好きな方で、言いにくいことも言ってくれる、でもとっても親身になってくれて、私と母とのいさかいのこともずっと心配してくれてる方なんです。

その看護師さんが、「今を大切に」と言ってくれるので、やっぱり、長生きはあまり考えられないってことなんだな、と思いました。

むやみに長生きしたいわけでもないんですが、やっぱり、そう遠くない未来に死ぬと思うと、なんとも言えない気分になりますね。

「大丈夫、生きられるよ!」って励ましは、いらないですよ。いや、ひがみとかひねくれてるとかじゃなくて、私、普通に、“生きられる”と思ってる部分もありますから(笑)その点は、大丈夫です^^

まぁ、今日の診察は、ちょっとショックなものではありました。

無治療で半年かぁ。実際はもっと長いと思うけど、4倍だとしても2年かぁ。50歳にはならないのかなぁ。

そうそう。今日、腫瘍マーカーについて質問してきました。マーカーに反応する癌としない癌の違いは、単に、マーカーが反応する種のタンパク質を生産するかしないかの違い。悪性度や進行度の高さには無関係。

そして、よく言われている「中分化」とか「低分化」のこと。一般的に「未分化」が最も悪性度が高く(=進行が早い)、続いて「低分化」「中分化」「高分化」の順に悪性度が高いというのは有名ですよね?

で、私の初発の癌のときの診断は「中分化」だったので、それほど悪性度が高いわけじゃないですよね?と質問したら、こう返ってきました。↓

「あくまでも“その癌が中分化だった”ということ。今できている癌が中分化とは限らない。」

「でも、転移なんだから、同じ癌細胞ですよね?」

「できた場所やその時の体の状態によって、分化度は変わる。だから、高分化がんだった人でも別の場所にできた癌は低分化だったということもあるし、逆もある。すでにある癌から、これからの予測を立てることはするが、100%ではない。あくまでも、癌が出来上がった後に分化度がわかるのだから、結果でしかない」

というような内容でした。私の理解が正しければ。だから、すでに手術で取った癌を診断した結果を気にしてもあまり意味がないそうです。

あ、もうひとつ!「ドクターX」の中で、西田敏行さん扮する偉い医師が、初発の癌の根治手術を執刀し、その後再発で腹膜播種が発見されたんですが、ドラマの中で西田さんが「私の最初の手術で、私がお腹の中に癌をばらまいてしまったということか」と言いました。そして、部下の人たちは否定もせずに「絶対に口外しませんから」みたいな感じで、まるで医療ミスを隠すかのようなお話だったんです。

私の初発の癌も、根治手術で切除し(他院にて)、その後転移して播種しました。てことは、ドラマと同じように私の手術も、ミスだったってこと?!と、心配になったので、今の主治医に質問しました。

医師は、「違う。腸を突き破っていないとの診断でも播種することはある。それは、目に見えないレベルで突き破っていた箇所があったということだ。逆に、目に見えて突き破っていても播種していないケースもある。最初の手術が失敗だったとは思わない。」とのことでした。

私の初発の癌の手術の記録をみると、「腫瘍はかろうじて腸管内に保たれていた」とか書いてあります。「かろうじて」かぁ。目で見た限りはセーフだったけど、実際は顕微鏡的にアウトだったってことか。それを見逃しても無理もない、ということらしいです。そりゃそーだよね。医師だって人間だもんね。

で、卵巣への転移経路は、血行性のこともあるが、私の場合は、播種でしょう。ですと。「だって、腹膜播種があるもんね?」ですって(笑)

主治医は、淡々と、(時に私が笑うと医師も笑って)、半年だのなんだのと言いましたが、この、淡々とした口調は、私は嫌いではないです。私以外にもたっくさんの患者をみているんだし、もっと重い病状の人もたくさんみているわけだから。いちいち同情してたら仕事にならないし、同情されても困るっちゃあ困るしね。

そして、今までの主治医たちをみて思うのは、こっちが「なんとかしたい!」とか「これを知りたい!」と意志をもって診察に臨むと、医師も色々お話してくれるってこと。なんでも「先生のいうとおり」とか「私は何もわからないので」みたいな態度でいくと、そのままベルトコンベアに乗せられちゃうな、って思いました。

だから、素人なりに、いろいろ勉強しなくちゃいけないんだな。

今日の腫瘍マーカー。基準値以下の、CEA 4.3, CA19-9 22.7でした。白血球も正常値。いちおう抗がん剤のゼローダを飲んでいるのに、この優等生の数字。播種してても全身状態が良好だから、抗がん剤にも耐えられる。ラッキーですね。

さて、今日からまた元気にゼローダを飲もう。
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白状します。

「人間の最も醜い感情は、嫉妬だ」

さっき、「リーガル・ハイ」の中で古美門(堺雅人)が発したセリフ、心にズズンっときました。なので、記事にしました。ブログ更新の元気なかったんですがね^^;

そーね。嫉妬って、みっともないね。

怒りとか悲しみとか焦りとかも、よろしくない感情ではあるけれど。嫉妬って、なんで、こんなに、醜いんでしょうね。自分が一番、苦しくなるの。

私が、いま、嫉妬の鬼になっています。

今日の嫉妬。

「あの人、彼氏がいていいな」← バツイチの女友達のこと。

「あの人、かわいい子供がいていいな」← 今日世間話したお客さんのこと。

「あの人、子宮筋腫程度で済んでいいな」← 職場の同僚のこと。

「あの人、お金がいっぱいあっていいな」← 高額な代替療法を実践している患者さんのこと。

「あいつ、ユノと仲よくていいな」← 毎度、すみません。

こんなふうに、私は、嫉妬の塊です。「最も醜い感情」の塊だよ(笑)

でね、たぶん、ほとんどの人が、嫉妬の塊だと思う。それを表に出すか出さないかの違い。何より、自分で消化できるかできないかの違い。

表に出さないだけじゃずるいので、消化していけるようになりたいなぁ。

いま一番嫉妬するのは、「お金」ネタと「子供」ネタと「旦那」ネタかな。

んで、私の、嫉妬の消化方法は・・・自分の恵まれてるところを考えてみること、かな?些細なことでもね。

そうすると、あら、私自身も、他人の嫉妬の的になっているかもな、なんて思う。

持ちつ持たれつ。いや、この語法は違うな。お互いさま、かな。嫉妬という感情を抱くにいたった経緯や背景が、誰にでもあるはず。誰だって好き好んで「嫉妬」をするわけじゃないでしょ。

そのことを慮れば、他人の嫉妬も許せるし、自分の中にあるこの嫌な感情も、そんなに毛嫌いしないですむ。かもしれない!

私って、嫌な人間ですね~(笑)← 笑うしかないですね。 にほんブログ村 病気ブログ 大腸がんへ にほんブログ村 病気ブログ がん・腫瘍へ にほんブログ村 病気ブログ がん 闘病記(現在進行形)へ

幸せの基準

昨日とおととい、たくさんの人のいる場所に行って、なんとなく感じた事。

この人も、あの人も、一見なんの悩みもなく、楽しそうだな~。私自身も、そう見えてるんだな~。

昨日の私と友達は、ハタから見れば、ビギTを着て気合いを入れたおばさんとオシャレなお姉さんの2人組。にしか見えないはず。でも、このビギT気合いオバは実はがん患者で、内心では5年以内に最期を迎えるのではないかと変に覚悟している。そのお隣のオシャレさんは、ご主人のご病気と真剣に向き合って闘っている。

そんな、表には出さない思いを、この会場にいる誰もが持っているのかな、と思いました。そういうのを全部忘れて、好きなものを見に来た人たちなのかな、って。

で、たくさんいる人間の中で、私は、不幸なほうなのかな、と思いました。

私の描く、いわゆる「幸せの形」は、最低限、

●旦那さんと子供(つまり、家族)がいて、みんな健康
●お金に困っていない。
●仕事を持つ(会社勤めでも家事でも自営でもいい。)

こんな簡単なことなのに、私は何一つもっていないんですね。旦那と子供はともかく、お金と仕事に関しては、がんに奪われた。

旦那という存在にしても、私はもう46歳とはいえ、まだ46歳。健康であれば婚活することもできるはず。実際、新しい出会いも欲しい。でも、この健康状態で、男性と恋愛関係になれるなんてとうてい思えません。

がんが、すべてを奪った。

今日はね、体が疲れているせいか、弱音モードですよ。

さっき挙げた3つの要素のうち一つももっていない私。自分の基準にあてはめても、不幸なんですね~。そんなだったら、人から見ても不幸に違いませんよね~。

それでも、自分が幸せだと思えるのは、なぜだろう。わからなくなる。

ただ、ただ、ほんとうに、ただ、恵まれてると思うんですよ。

いま寒い部屋の中で、暖房もけちって、人との会話もなく、テレビを見る気も失せて、ぼけっとPCを立ち上げたんですけどね。こうやってキーボードを打てる動く体があるだけで、幸せと思える。

たぶん・・・小さななんでもないことを「幸せ」と思える、そのこと自体が、幸せなのかも。

よく、「病気になってよかった」と言う人がいますよね。私はこの言葉が嫌いです。病気になることが良いはずないもん。病気にならないに越したことはないもん。

でもね。「病気になってよかったこともある。」なら、よーくわかります。私もそう思います。たとえば、さっき書いたような、小さな幸せを幸せと思える気持ち。元気だったら、なんとも思わないことにでも、感謝できる。それって、病気になってよかったことのうちの一つです。あくまでも、「よいこともある」うちのひとつです。

本当なら、病気にならずにこの気持ちを持てるのが最高なんですけどね^^

なんか、自分がすごい病人のように書いていますが、自覚はないです、あいかわらず。ただ3週間ごとに病院に行って、ちょっと気持ち悪くなるだけ。そんな感覚。遊びに行くくらい体は自由に動くので(笑)

久しぶりに気分が凹みましたが、つらつらと書いていたら、ちょっと上向きになりました。また下がりそうだけど(え?)

なにげに昨日のステージでユノさんが女性と異様に親しくしていたのがモヤモヤのきっかけだったりもするんですが(← つっこみどころ。ここまでで心配してくださった方ごめんなさい。)「結婚するなら私が死んでからにして!そんなに先じゃないから!」と思いました。息子の嫁を見る姑の気持ちって、こんなでしょうか。

こんなふうに普通に思考に登場するくらい、死という存在は、常に感じています。そんなに恐怖の存在でもないです。

暗いなっ。おわりっ。 にほんブログ村 病気ブログ 大腸がんへ にほんブログ村 病気ブログ がん・腫瘍へ にほんブログ村 病気ブログ がん 闘病記(現在進行形)へ

SMタウンライブに行ってきました。

行ってきました、東京ドーム。

↑ これは26日に撮影。初めてのSMタウンライブ。

トータル4時間半の長丁場で、足がきつかったです。それを土日の2連ちゃん。がんばった。

無題
↑ 26日の開演前。まだまだ元気でした(笑)

がんばってデコったTシャツは、初日のトイレ行列中に後ろに並んでいたマダムがほめて下さいました。「あら~、すてきね~。どうやるの?」とおっしゃるので、細かに説明して差し上げたら、「私もツアーTシャツをやってみよう♪」とおっしゃられ。背中の「U-KNOW」をいたく褒めて下さいました。齢60代と見受けられた上品なマダム。Bigeastらしいです(笑)

知らないアーティストもたくさん出演していて、退屈な時間帯がなかったといえばウソになりますが、でも、ノリのいい曲が多かったので楽しめました。

東方神起は・・・・・・・・・なんで、あんなにかっこいいんでしょうね。

他の若いアーティストの中で、さすがの貫録でした。特にユノさんは、自分が中堅だから、その責任感にあふれていて、いつも以上に大人でした。といってもまだ27歳なんですけどね。

今日のライブの模様は、全国の映画館でリアルタイムに放映されていました。北海道から沖縄まで、みんな同じ映像を見て声援を送れるって、幸福だと思います。

出演は、韓国人のアーティストばかり、総勢50名くらい?でした。韓国人ばっか。中には台湾人や中国人やチャイニーズアメリカンもいるらしいですが。

そして、客席には、5万人の日本人。韓国人も若干いたけど。

ふと、領土問題やらなにやら思い出しました。

もしここが、現代の日本ではなくて、戦時中の韓国だったら。客席の日本人は、ステージ上の韓国人をどんな目で見るんだろう?韓国人たちは、日本人を、どんな目でみるんだろう?

竹島のことを、ステージの上の人たちは、どう思っているんだろう?

なんてことを考えました。

そして、思いました。今の時代に生まれて、政治に関係なく楽しめる環境にいて、よかったな、と。

政治的な争いごとって、結局、利害関係ですよね。互いの利害が一致しないから、もめるんですよね。

その点、この東京ドームの、なんと平和なこと。

利害が見事に一致しています。

好きなアーティストを、お金を払ってでも見たいファン。

アーティストを使って、お金を稼ぎたい事務所やイベンターやプロモーター。

ん?アーティスト自身の利害は、どこにあるんだ?自己実現?自己満足?

もしかして、アーティストが一番つらい立場なのかもしれないなぁ。

事務所の方針、ファンの期待、自身の希望、自身の能力が、全部かみあわないと、どこかでしわ寄せが来るんですもんね。そして、売れてるアーティストの一番大きなしわ寄せは、間違いなく、自身の希望の部分なんでしょうね。

「しわ寄せ」と「幸せ」って、音が似てるけど全然ちがうもんだな。

やっぱり、売れてる人たちって、すごいや。

あれ?竹島の話がどこかへいってしまった。

この社会の仕組みの中で、利害関係を抜きに、ただ「お互い平和でいる」という希望だけで、譲り合いながら助け合いながら仲よくすることって、難しいんですかね。私の考えって、中学生なみなのかな。

それにしてもユノはかっこよすぎました(*^o^*)おでこ出しヘア、初めて生で拝見しましたのでね。このトキメキは、他の何にも変えられません(笑) にほんブログ村 病気ブログ 大腸がんへ にほんブログ村 病気ブログ がん・腫瘍へ にほんブログ村 病気ブログ がん 闘病記(現在進行形)へ

Tシャツ、デコりました。

昨日の記事が途中なのですが、今日はせっせと趣味にいそしんでいたので、それを先にご紹介したいと思います。昨日の続きを読みたい方(いらっしゃる??)は、少々お待ちくださいませねm(__)m

さて。趣味はですね、東方神起!ということで、Tシャツをデコりました。

ファンクラブで売っているTシャツです。FCは「Bigeast」ビギストといいます。「大きな東」ですね。大東文化大学とは無関係だし大東亜戦争とも関係ないですよ。(あたりまえ)

デコる前 ↓
bigit_before.jpg
グループカラーの赤地に、白プリントです。タグや襟の縁取りテープなど、見えない所が凝っています。

人によってはこのTシャツ、デザイン的に少年野球チームのユニフォームに見えるらしい。なので、おばさんファンが着ると「Bigeast」球団に入っている息子を応援しにきたお母さん風になるらしい。お母さん、上等!私の願いは「ユノのお母さんになりたい」ですからね。

このTシャツを、スワロフスキーでデコります。私は「HotFix」という、アイロンで貼り付けるタイプのスワロを使用しました。石の裏に接着剤が付いていて、アイロンの熱で溶かして貼り付けるという仕組みです。

プリント部分にも貼りつきますが、洗濯で落ちるらしいので、私はプリント部分は装飾しないことにしました。(プリント部分をデコったほうが断然キレイなんですけどね。メンテナンスと“もち”を優先してしまう私は、昭和の人間。)

で、文字の周囲を飾ることにしました。
飾り始め ↓
bigit_tochu.jpg
縁取りはブラックダイヤモンドのカラーを選びました。クリスタルカラーのほうが派手にキラキラしますが、プリントの白と混ざって字がボヤけてしまいそうなのでね。写真ではわからないけど、黒でもかなりキラキラします。

あと、黒で引き締めたいというのもありました。

で、完成したのが、これ ↓
bigit_kansei.jpg
オレンジ色っぽく映ってるけど、赤です。
これまた写真ではわからないですが、実物はキラッキラしています^^。

bigit_tochu2.jpg
先頭の大きな「B」とラインは、クリスタルのオーロラカラーでデコりました。あと、見えにくいけど、赤のスワロも使っています^^。斜めに入るラインは、東方神起ファンの方ならご存知のデザインですが、私はスワロをけちったので、全然足りなくて、これしか入れられませんでした。中途半端?(スワロって高いんだもん)

そして、背中は、こうです。↓
bigit_se01.jpg
ユノさんの名前の英語表記、「U-KNOW」のアップリケです。ほんとは「TVXQ」(=東方神起の英語表記)も入れたかったのですが、手芸屋さんには「Q」が売っていなかったんです。人の名前で使わない字だからおいていないそうで。近所の小さな手芸屋さんでしたからね。

なので諦めて「U-KNOW」にしたわけですが、「O」の紺色が品切れ中。しょーがないので赤を買って、マジックで塗っちゃおうかと思ってましたが、貼ってみたら案外かわいいので、このまま採用(^^)

アップで見ると、こんなです。
bigit_se02.jpg

手芸屋さんのアップリケ売り場にいた他のお客さんは、自分の子供たちの名前を探していました。その横で東方神起を探す、最年長とおぼしき私。ちょっと恥ずかしくも、楽しかった(笑)

これを着て、明日と明後日、東京ドームで行われる「SMタウン」というライブに行ってきます。

SMといっても、サドとマゾの集まりではないんですよ。東方神起の所属事務所「SMエンターテイメント」のお祭りライブです。東方神起の他に、BoA、少女時代、Super Junior、SHINeeなどが出ます。と書いても、わからない方のほうが多いですよね。私も知らなかったから。

正直、ビギTでライブに行くなんて、すっごく恥ずかしいです。同行者が一緒に着たいというので着ることにしたのですがね・・・恥ずかしい!!!!会場に行ってしまえば、こんな人もいるとは思うんですがね、年齢的にかなり恥ずかしい。

えいや!こーなったら、ビギタオルもかぶります!やるからには、とことん、やりましょう!お祭りだもん。
yuno3.jpgやります。

明日、このTシャツを見かけたら、声をかけてくださいね~。

そうそう。今回デコをやってみて、指先の感覚が自分で思う以上におかしくなっていることがわかりました。昔から手芸関係は得意で、ボタン付けとかサクサクできたほうなんですが。

今は、ゼローダの副作用なんでしょうね。指先が定まりません。小さなスワロを並べるのが大変でした。ピンセットで拾うのも大変(笑)拾って、落として、拾って、落としての繰り返し。

でも楽しかったですよ。もっといろいろデコってみたいな。


まとめ。このデコTに使ったもの。

●ピンセット
●アイロン
●アップリケ(手芸屋さんで購入)
●スワロフスキーHotFiX(楽天市場で購入)
クリスタルオーロラ SS16 100粒
クリスタルオーロラ SS12 150粒
ブラックダイヤモンド SS16 150粒
ブラックダイヤモンド SS12 250粒
インディアンピンク SS12 50粒
*あとSS16が100粒あれば、綺麗な流れ星ラインが描けると思います。

いらっしゃるかどうかわかりませんが・・・私みたいに、ゼローダの副作用のしびれやピリピリが出ている方は、SS12より小さな石は、かなり扱いづらいと思います。

着てみた。
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再発の告知 その1

たしか、2012年の11月6日だったと思うんです。再発に気づいたのが。もうすぐ1年ですね。(なんで詳しい日付を憶えていないかというと、ちょうどその頃スマホが壊れて、記録が全部すっとんでしまったからです。あー、日記がわりに保存しておいたのに。つくづく、紙媒体って良かったな、と思った次第です)

(たぶん)11月6日、区の子宮がん検診を受けに近所の婦人科を訪れました。その頃の体の状態は、卵巣がパンパンに大きくなっていたのですが、自覚症状はなかったため「ずいぶんお腹が太ったなぁ」というものでした。ちょうど職場の異動や研修、資格試験などでバタバタしていたので、ストレスで食べ過ぎて太ったんだろう、くらいに思っていました。気持ちは元気だったのでね。

今にして思えば、ウエスト回りだけが太るという、典型的な卵巣腫瘍パターンだったのですが、当時はそんなの知りません。

私の腹を見た医師は即座に、保険診療に切り替えると言いました。そして、「なんで受診しなかったの。この大きさは異常です。すぐに大腸癌の治療をした病院に行きなさい」と言いました。

その病院の帰り道は、泣きながら歩いていました。「癌が再発したかもしれない」という事実に。(医師の口調は、こうして文字にするときついですが、実際は穏やかでいたわってくれているのがひしひしと感じられました)

人のいない路地に入って、座り込んで泣きじゃくりました。友達に電話して「死んじゃうよぉ」と泣きました。

さてさて。その後、めぐりめぐってがん研有明病院を受診。(経緯は、ここ

卵巣嚢腫の疑いなので婦人科を受診しました。たまたま紹介された先生は「卵巣がん 権威」で検索したらトップに出たような有名な先生で、事前にYouTubeで先生の話す動画を見ていたので安心していました。映像の通り、穏やかで、お年寄りですが目は鋭い先生。その先生が初診の最後に「一緒にがんばりましょう!」と、手を握ってくれました。これ、ポイント高かったです。安心感が違いました。

その時の予測では、良性かもしれないし、境界悪性かもしれない、というものでした。もちろん、悪性の可能性もありました。が、私はなんだかお気楽でした。(一度だけ、「たぶん良性ですよね♪」と言ったとき、「そんなに簡単に考えちゃいけない!」と叱られましたがw)とにかく、診断のためには開腹しなければなりません。卵巣なのでね、カメラも入らないし細胞診もできない場所ですから。

そして、入院・手術と続きました。手術は2012年12月12日12時。12ばっかりで、よく憶えています。朝一の手術ではなかったことも、私に「たいした病状ではない」と思わせる一因でした。

のんきに入院してのんきに手術を受けました。手術に合わせて上京してくれた母も、のんきでした。私のことより、同時期に体をこわしたワンコのほうが心配でした。母ともワンコの話ばかりしていましたね。「ワンコの手術、大丈夫かなぁ」って。

後に、ワンコは、私の手術の日の朝、死んでしまっていたことがわかるのですが。(ダメだ、まだ涙が出ます)

自分自身のことは全く心配せず(だって大きな手術は3度目だし)、手術室に入っても看護師さんたちと笑っておしゃべりして、婦人科の主治医の先生も麻酔がかかる前に来てくれて、「間に合ってよかった~」なんて手を握ってくれて、主治医と別の執刀医の先生も笑顔で、安心しきって麻酔にかかりました(笑)

(主治医は高齢のため、手元が心もとないということで、執刀からは引退したそうです。でも担当患者の大きな手術には立ち会い、執刀医に指示を出しているそうで、判断は全て主治医が行うとのことでした)

私は寝てるだけなので、手術はすぐ終わりましたよ^^。12時過ぎに入室して、17時頃には麻酔から覚めていたと思います。不確かだけど。

麻酔から覚めて、まず質問したのは、「子宮は残っていますか?」ということでした。

術前の説明では、

①まず卵巣を摘出する。腫瘍が大きい(数キロありました)から両卵巣全摘。

②術中の迅速診断で「悪性」と診断されたら、子宮と大網も摘出する。「良性」であれば、子宮は残す。

というものでした。「境界悪性」だった場合はどうなのかは憶えていません、ごめんなさい。

とにかく、“子宮が残っていれば悪性ではない”と思っていました。

だから、麻酔がさめてすぐ、そこにいた看護師にききました。「子宮は残ってますか?」「ハイ^^。」
そっかー!!悪性ではなかったのね^^。

そして、母に。「子宮を残してくれたんだから、悪いもんじゃなかったんだね。」「・・・うん。」
「ぽぷ(← ワンコ)は?」「・・・うん。大丈夫みたいよ。お母さんも詳しくきいてないの。」← このとき、もう死んじゃってた。

目が覚めてしばらくして、主治医が術後回復室に来てくれました。青い手術着姿でした。なんか、こんな早くに医師が会いに来てくれるって、前はなかった・・・。いい先生だな~(← のんき)

先生は、おだやか~な目で、悟りの境地のような笑みをたたえていました。この表情が、ものすっごく記憶に残っています。私が「とったのは卵巣だけなんですよね。手術も早く終わったんですよね。良かったです^^」みたいなことを言ったら、微笑んで、「うん。手術はうまくいったからね。大丈夫だよ。これから、一緒に治療していこう。心配いらないからね」みたいなことを言いました。

ん?これから、治療?すんだのに?良性なのに?

ちょこっと不安になって、「なんか・・・悪い物だったんですか?」と聞いたらば、「今は眠りなさいね。なんにも心配いらないから。」そう言ってくれました。その後の記憶がないので、私は眠っちゃったのかもしれません。

少したってから、今度は執刀医の若い女医さんが来てくれました。

「傷は痛くない?」と聞いてくれて、ハイ、と目を合わせたら、ふっと視線をそらしたんですよ。先生、なんで目をそらすの?なんで目を見て、「無事終わりましたよ」と言ってくれないの?

だんだん、不安になってきました。先生にその不安を告げると、先生は困ったように微笑んで、「手術は成功したのよ。予定通り。だから、心配することはないの。大丈夫よ」と言ってくれました。私より10も若い先生ですが、私は、「成功」ときいて安心したし、先生の言葉は信じるに足る落ち着いたものでした。

その夜は、術直後の、長い長い夜でした。気持ち悪さと痛さで朦朧とする中、「大丈夫、なんともない。心配いらない」と自分に言い聞かせていたと思う。

さて。手術後の、本人への病状説明がありますね。待てど暮らせど、この説明の予定が入れてもらえません。傷口の化膿があって退院時期も遅れたのですが、あの程度の化膿なら退院させられたはずなのに、私の「化膿が治るまで、こわいから入院していたい」との希望をきいてくれました。

その間、ワンコの死を知らされ、ベッドで泣きじゃくったりもしていました。

やがて、手術の結果を聞くことになりました。一人でききました。

ここで、初めて、「腹膜播種」を聞かされることになります。

ながーくなってしまったので、続きます。

(以前の記事と同じことを書いている箇所もあると思いますが、新たに読まれた方にも解り易く書きたいと思ってこうなっています。読みづらい点、ごめんなさい。) にほんブログ村 病気ブログ 大腸がんへ にほんブログ村 病気ブログ がん・腫瘍へ にほんブログ村 病気ブログ がん 闘病記(現在進行形)へ

星のキット。

星のキット。

なんでしょ、それ。私が勝手に考え付いたものですが。

星って、星のイメージって、悪くないですよね、たいていの場合。

空に輝く星。スター。希望を見いだせる人物や物事。キラキラ輝いて美しいもの。代表となるような人物。

地上での命を終えた人が、空に昇って、星になっていたりもしますよね。

だから、その「星」になるための「キット」があったら、欲しいな、なんて思います。

そんなキットは、売ってるはずがないんですが。


昨日、仕事が忙しくて、久しぶりに仕事で疲れたな~、と感じました。一日中立ちっぱなしで、なんだかな、と自分の足元を見つめた時。

あれ?病気のこと、すっかり忘れてたよ!

いま、オキサリプラチン抜きのXELOXしかやっていないから。ゼローダとアバスチンだけだから、たいした副作用もなくて。(いや、ありますよ、副作用は。でも、慣れちゃったから、これが普通てな感覚…。手足のピリピリや痺れも、胃部不快感も)

普通に生活しているから、病気のことを忘れがちなんです。でも食事には気を付けているけど。

忘れがちって、良いことだと、私は思っています。いつも「自分は病人」と思っていたら、気力で負けそうだから。(もちろん、くどいけど、食事や運動やタバコやお酒の量といった、忘れちゃいけないことは忘れちゃいけないですがね。)

で、病気を忘れてる自分、好き♪と思いました(笑)

当分の間・・・あと5年?10年くらい?!は、普通の生活ができるとノホホンと思っています。

再発を知らされた直後の自分からは、想像できないなぁ(^^)

ただ、いつかは必ず、この世を去る日が来ます。それは癌のせいじゃないかもしれないけど、今のところは、癌の可能性が高い。その日がずっと先であると思いつつも、ひょっとしたら、来年とか再来年とかに、急に悪化して体が動かなくなることもあるのかなぁ、と思います。

体が動かなくなって、痛みもすごくあって、もうどうにもならない状態を経たら・・・

星になります。

星になります。

誰か、覚えていてくれる人のいる、星になりたいなぁ(*^o^*)

そんな星になれるキットが、欲しいなぁ(*^o^*)


星のキット。

なんでそんなもん思いついたかというと。

星のキット。HOSHI NO KIT

並べ替えると、

TOHOSHINKI

東方神起!

東方神起のライブDVDのパッケージを眺めながら、考え付きました。

東方神起の2人って、スターの素材を持ち合わせていたんですね!(← ひさしぶりに騒ぐ、ファンの血w)

というわけで、この記事は「東方神起」カテ行きです。

これから仕事なので、帰ってきたら今日は東方神起ライブ三昧です。

ひゃっほ~い(=^・^=)
DVD2_2.png
あらためて、ありがとう、東方神起。

2013ツアーDVD&Blu-ray、発売日は明後日です。日産スタジアムのも出してほしいな~。 にほんブログ村 病気ブログ 大腸がんへ にほんブログ村 病気ブログ がん・腫瘍へ にほんブログ村 病気ブログ がん 闘病記(現在進行形)へ

職場の人のこと。

変な話ですが・・・

男性の方って、生理用品が家にありますか?!

奥さんのもの、お母さんのもの、娘さんのもの、お姉さんのもの、妹さんのもの。。。家族で住んでいるならあると思いますけど。

でも、一人暮らしの男性(22歳)の家に生理用品があるって、変ですよね?!

彼女のいない男子で、一人暮らし歴は、ほんの数か月。絶対、変ですよね?!

なんでこんな質問から始まるかと言うと。

職場で、売り物の生理用品を訳あって大量処分しなければならず、捨てるわけにもいかないので半額で売りつくしたんです。その時に、従業員が我先にと買ったんですよ。女性社員から主婦パート、学生バイトまで、みんなで「これは安い!」と。閉経した主婦パートさんも「娘に!」と言って買い、卵巣なくなっちゃってる私も、いつまたホルモン療法が始まるかわからないので買いました。

で、おちゃらけたパートさんが、その場にいた男の子たちにふざけて「買う~?」と言い、男の子たちは「どう使うんすか!逆セクハラっすよ!」と返され、笑ってたのですが。

男子がひとり。「僕、こないだケガしたとき、止血するのに生理用品使いましたよ。」と言うのです。
そして、自分の持ち場へ行ってしまいました。


え?たしかに、非常時に災害現場などではガーゼの代わりになるとかいうけれど。最近、そんな非常事態が、この東京のこのあたりで起こったか?無い・・・。なのに、なぜ彼は、ガーゼの代わりに生理用品を?

だいたい、なぜ、独身彼女なし一人暮らしの彼の家に、生理用品が?絆創膏がなくて?!

で、冒頭の質問になったわけです。


事の真偽を質す前に彼は仕事を終えて帰宅してしまい、残されたのが私を含むおばさん従業員2人と20代男性2人と20代女性一人でした。疑問がいっぱいです。

20代男性A「いや~、あれは、彼の判りづらいボケだったんじゃないか?」

私「なるほど、そーかも。あの子、返答に困るボケをたまに言うもんね?いくらなんでも生理用品は持ってないよね。」

20代男性B「いや、俺は、彼は事実を言ってると思う。ボケるキャラじゃないもん。」

おばさんC「うん、私もそう思う!冗談ぽくなかったしねぇ。」

20代男性Aと私「そぉかなぁ・・・。でもたしかに、ボケるタイプではないか。」

20代女子D、大声で「いや、いや~>< ボケってことにしようよ、お願い!気持ち悪すぎるから!」


知らないところで20代女子学生バイトから気持ち悪い呼ばわりされた、とっても気の毒な彼でした。

真実を知るタイミングを完全に逸し、真実は闇に葬り去られようとしています。


こんな感じで、みんな仲良し、楽しい職場です(*^^*)

え?生理用品疑惑の彼を、いじめてますか?

いえいえ。彼も、いじられキャラで毎日わきあいあい、楽しそうにしてます^^ 職場の人間関係がいいことって、本当にありがたいものです。 にほんブログ村 病気ブログ 大腸がんへ にほんブログ村 病気ブログ がん・腫瘍へ にほんブログ村 病気ブログ がん 闘病記(現在進行形)へ

免許の更新。

運転免許証の更新に行ってきました。私の場合、ペーパードライバーなので、免許というより身分証明書って感覚ですが。

ペーパーだからもちろん優良です。5年ごとに警察署に行っています。30分の講習の中で、知らない標識とかいっぱい出てきて、「こんなんでも優良でいいのか?」とか「ペーパー区分みたいなのを作ればいいのに」とか「そんなもんが出来たら、面倒だからやっぱ今のままでいいや」とか、あさってなことを考えていました。

あ、講習で見たビデオの中で、小学生の息子さんを交通事故で亡くしたお母さんのインタビューがありました。それを見ていたら、うるうるしてしまいました。どーも、死とかそういう話題になると涙腺が緩むようになってしまいました。免許の更新でうるうるする人って、他にもいますでしょうか?(いたら嬉しいかも)

講習の最後に、講師の人が、「では、次回は5年後にお会いしましょう!」と言いました。このまま優良ドライバーを継続してね、という意味だったと思いますが、私は例によって、「5年後かぁ。5年生存率は、えっと~」と考えていました。ま、大丈夫でしょう。


今年の6月に亡くなったガン友さんがいます。彼女は、1月に、免許の更新をしたとメールをくれました。その時は元気そうで、いろんな所に遊びに行っていたようです。まさかその5ヶ月後に亡くなるなんて、思ってもみませんでした。腹膜播種で、闘病5年を経ての癌死でした。

道すがら、彼女のことをずっと考えていました。天国で、元気でいるかな。楽しんでるかな。「同じ年に免許更新だ~」なんておしゃべりしていたこと、覚えていてくれるかな。

晴れ渡った青空のどこかに彼女がいると思うと、悲しい気持ちがすこーしほぐれました。

やっぱり会いたいけどね。


それにしても、免許の写真て、なんであーなんでしょうね。今回も、泣きたくなるくらいひどい写真に落ち着きました。前回のがかなりひどい出来だったので、それよりはマシかも、と自分を慰めていますが。

写真写りが悪いんじゃなくて元の顔が悪いんだ、とも思うんですが、それでも、友達の免許写真を見ても、たいてい実物より全然へんな顔になっている。免許の写真を気に入っている人って、いるんでしょうか?!

次の免許更新の時は、50歳を過ぎています。なんとか若く映れるよう、今からお手入れ、がんばりましょう。と自分に言い聞かせてみました。その頃には最新鋭の写真機(カメラ?)が開発されて、本物より美しく映る時代になっていたりしませんかね?

あ、今の免許証って、裏面に臓器提供の意思表示欄があるんですね。どうせなんも提供できないけどさ。
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最初の告知

癌の告知。ドラマでよく見るシーンと現実とでは、様子が全く違うというのは、がん患者さんやご家族はご存知ですよね。あっさり告知されて驚く人が殆どに思えます。ドラマ、どれだけ演出してるんだよっ。て感じ。(中にはドラマ通りの告知の人もいるのかな?)

で、私の場合はどうだったのか、記しておきます。

最初に告知されたのは、2010年8月。都内のM総合病院でした。下血と激しい腹痛で救急搬送されたものの、「痔です!」といって家に帰され、翌日受診するも、一般内科で再び「痔です」と帰されそうになったのを食い下がって、大腸内視鏡の予約をいれた。

そして、検査。例の2リットルの下剤を飲んで、その威力に驚きながらも張り切って(?)病院へ行き、お尻から内視鏡を入れられて間もなく、医師の手が止まりました。S状結腸に大きな腫瘍。内視鏡が先に進めなかったです。

その時は私は画面を見ていなかったし、初めての下部内視鏡だったので検査がどんなものかも知らなかった。なので、やけに早く終了したことに疑問も持たず、「なーんだ、胃カメラに比べたら屁のカッパじゃん」くらいにお気楽でした。何かあればその場で切り取ると信じて疑わなかったので、「切った気配もないし。なんにもなかったのか~。痔だったのか?」ぐらいにお気楽。

この時の担当医は、とっても若い男性でした。おとなしそうな、気の弱そうな人で、たしか、独り立ちして1年目と言っていた気がする。私は「誰でも初めての時があるもんね。内視鏡の練習台にしていいよ」と内心思っていました。手術じゃないんだから、いいよ、って。

で、この新人先生が、私の検査後、動かなくなったんです。

私が「どうだったんですか?」ときいても、無言。何かをじっと考えている。

やがて、言いました。「早急に消化器科を受診してください。その時、ご主人を連れてきてください。」

私、「主人は休みが取れないんで、来れません。家族は他にいないので、一人で来ます。大丈夫です。」みたいなことを言いましたが、先生は、「いや、ご主人を連れてきてください。なんとか休みをとってもらってください」の一点張り。

私、おかしいなあ、と思い、「なんか大きな病気なんですか?」と訊きました。医師は、「それは診察の時に消化器の医師からお話しします。」「とにかく、今はお話できないので、次回、ご主人と一緒に診断をきいてください。」

さすがに、「あ、癌なんだな」と思いました。案外、ケロっとしていました。むしろ、自分のことよりも、こんな病気を見つけてしまった新米先生のプレッシャーが心配で、そっちのほうが心苦しくなりました。

後日、消化器科の医師から、「癌です。」と普通に言われました。まるで、「風邪ですね」とか「食あたりですね」とか言う町医者の言葉のように。

私は「はぁ」とかなんとか言っていたと思います。隣で主人がびびりまくっていたのは覚えています。(← さんざんぶうたれていたのを無理矢理こさせた。)

あ。痔かどうかのほうが気になって、確かこのとき確認したと思う。いや、内視鏡の時だったか?どっちでもいいか。痔はなかったんですよ~。

で、帰宅して、普通に夕飯の支度をしていたら、夫がキッチンに来て言いました。「なんでそんなに普通にしていられるの?癌だよ?オレ、どうしていいかわかんないのに。」と。彼はおろおろしていました。私は、「切っちゃえば治るって先生いってたじゃん。だから大丈夫だよ。ちょろっと切ればいいんでしょw」とか答えていました。

夫は、開腹手術に対しても不安が大きかったようです。お腹を切るんだよ?!なんでそんなに平然としていられるの?!と。

でも、その数年前に、もっと大きな手術の経験があった私には、お腹を開けるのはまったく恐怖ではなかったんです。

そう、その手術の前、成功率が低いこと、成功しても植物人間になる可能性が高いこと、失敗したら死んでしまうかもしれないことなどを告げられていました。この経験があったから、癌の告知もなんともなく受けられたのかも。


まぁこんなふうに、初めて癌になったときは、なにやらお気楽な私でした。治ると思い、再発なんかしないと信じていた。

それでも、泣いたのかなぁ。覚えてない。ただ、夫があまりにもびびっていたので、不安を与えないよう明るく振舞っていた記憶はあります。


あれから3年が経ちました。その間に再発して手術して抗がん剤して。そうだ、病院も変わったんだな。ついでに夫も消えたな。

再発の告知のほうが、ショックが大きかったです。比べものにならないくらいだった。再発のときは・・・恐怖しかなかったような。記憶が薄れる前に、いつか記そう。


余談ですが、術後の経過観察中に行った内視鏡検査は、泣くほどつらかったですよ。初めての内視鏡で「ちょろい」と思っていた私は、油断しまくっていました。そりゃそーよね、S状結腸すら越えなかったんだから。

きちんと上行結腸まで行ったときは、ほんと涙目でした。

月日がたって、3年前に想像していた自分と全く違う自分が今、います。ひとりで闘病している。(いや、闘病ってほどじゃないな。)ちょっとさびしい時もあるけれど、これも私の人生。案外、悪くないかもですよ^^ゞ にほんブログ村 病気ブログ 大腸がんへ にほんブログ村 病気ブログ がん・腫瘍へ にほんブログ村 病気ブログ がん 闘病記(現在進行形)へ
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プロフィール

彩

Author:彩
2012年12月、S状結腸癌再発。腹膜播種、卵巣転移。
初発は2010年ステージ3aでした。根治手術からちょうど2年後の再発でした。
現在は、標準治療を終えて、ホスピスで緩和ケアを受けています。
東方神起の復活まで生きたいなー。ムリかな(^^;)

2016年3月20日永眠

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