スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
にほんブログ村 病気ブログ 大腸がんへ にほんブログ村 病気ブログ がん・腫瘍へ にほんブログ村 病気ブログ がん 闘病記(現在進行形)へ

仕事に行きたいな。

一人で病室にいると、いろんなことを考えます。

明るいことや、楽しいことを考えられればいいのだけど、なかなかそうもいかなくて。体調が良いときならいいんだけど、どんどんひどくなるむくみと、食欲の減退とで、少しずつ、弱っていく体に目が行ってしまって、いかんですねー。

んで、先日、母とまた小さな言い合いをしたりしながら、不安定な精神状態になって、なぜか突然、思ったこと。

「仕事をしたい!」。

9月いっぱいで辞めてしまった仕事だけどね。パートで接客するだけで、病気のことがあるからいつでも休めるように、責任ある仕事からは外されていたから、楽しい面だけが見えていたんだろうけどね。仕事が、大好きでした。同僚たちが、大好きでした。

いま、もう、笑顔を無駄に(?)振りまいて仕事をすることもなくなって・・・。職場に行けばいっぱいお喋りしていた同僚たちとも、LINEでたまにやりとりする程度になって。

寂しいです。すごく、寂しいです。

もう一度、「いらっしゃいませー!」って、大きな声で言いながら、お客さんとお話したいな。たまに文句をいってくるオジサンの相手をしたいな。自転車に乗って、季節の風を感じながら、鼻歌交じりで出勤したいな。

むくみがひどくなっているので、もう自転車には乗れそうにありません。歩くのすら怪しいのにね。

当たり前にやっていたことができなくなって、その現実に、涙が出てきます。「仕事、行きたいよ~」と泣いたって、何も変わらないのにね、泣いちゃいます。涙活、ってことにしておきましょうか^^;

昨日は天気が良かったので、母が外に連れ出してくれました。車椅子の押し方がだいぶ上手になったとはいえ、やはり、年老いた体では、体力がないのでしょう。段差のところとかで、一生懸命になって押してくれても、なかなか上がれなかったりします。そういう時は、私が立ち上がって、先に車椅子を持ち上げて、それから座りますが・・・。

私が完全に立ち上がれなくなることは、いまのところの転移の状況からは無さそうな感じですが、もしも立てなくなったりしたら、どうなるのかなぁ。母以外に介護をしてくれる人はいません。

不安になっていたら、昨日のリハビリ室で、突然泣き出してしまったおじいさんを思い出しました。それまで普通に歩く練習をしていて、笑顔すら見せていたおじいさんが、突然、泣いてしまったんです。

聞き耳をたてていたわけではないけど、聞こえてきた話では、介護してくれる家族がいなくて、唯一の家族である息子さんという人が、お金を振り込むだけで、全く面会等には来ないとのこと。事情はわかりませんが、その寂しさが突然、溢れてしまったのかな。

いつもにぎやかな病室もあれば、だれも面会に来ていなさそうな病室もあります。ホスピスって、いろいろです。

今日は、私の部屋には、午後、友達が面会に来てくれる予定です。ありがたいことです(*^^*)


昨日の夜から、痛み止めのオキシコンチンが増量になり、一日量が100㎎になりました。朝40、夜60です。オキシコンチンやオキノームのせいだと自分では思っているのですが、物忘れがひどくなっている気がします。ちょっとしたこと、人の名前が出てこなかったり、簡単な計算が出来なかったり。

でも薬のせいじゃなくて、人と話す機会が絶対的に減ったので、そのせいで頭の回転が下がっているのもあるかな、なんて思っています。

もっとテンションが高くて明るい文章が書ければいいのでしょうけど、こんなテンションで、すみません。

突然だけど、東方神起のライブに、行きたいな・・・。
スポンサーサイト
にほんブログ村 病気ブログ 大腸がんへ にほんブログ村 病気ブログ がん・腫瘍へ にほんブログ村 病気ブログ がん 闘病記(現在進行形)へ

足のむくみ。

今朝、起きたら、足がこーんなにむくんでいました。

むくみ
足首が、なくなっている・・・。

もともと足は太くても、足首は一応、ある人なのですが・・・。なくなっている・・・。

昼間、マッサージをしてもらって、あとむくみ用の医療用ストッキングのサンプルを午後から穿かせてもらって、だいぶよくなったけれど、まだ象の足のままです。(手術時に使った医療用の弾性ストッキングは、この場合は使えないとのこと。)

むくみの原因は便秘のせいだろう、といわれているものの、今は便秘じゃなくて、下痢してるのですが・・・。

お腹のむくみも、とれません。

そうそう。一昨日のCTの結果、肺転移に大きな変化はないものの、右にあった胸水が何故か消えて、左に新たな胸水が出ていました。でも、少量です。左肺に軽い肺炎らしき所見があるので、胸水はそれに由来するものだと思う、との診断でした。

ここ数日、食欲が急に落ちました。でも、何も食べたくないわけではなく、「その時に、食べたいもの」なら食べられる、という感じ。

病院食では全然食欲がわかないので(^^;)、今夜は、母も来ていたことだし、お寿司が食べたくなりました。一貫か二貫で、いい。

なので、宅配寿司を病室に取ってみました。病人がそんなことして、いいのかなぁ、と思いつつ看護師さんに訊いたら、宅配のメニューをデイルーム付近から持ってきてくださって・・・けっこう皆さん、宅配をとっているらしかった(^^;)

なので、安心して宅配をとりました。

美味しかったけれど・・・・・思ったほど沢山は食べられず、母が代わりに食べてくれました。


むくみ、なんだか怖いなぁ。 にほんブログ村 病気ブログ 大腸がんへ にほんブログ村 病気ブログ がん・腫瘍へ にほんブログ村 病気ブログ がん 闘病記(現在進行形)へ

検査と、かわいいお客様♪

ホスピスに入院してから1ヶ月。久しぶりに血液検査とCTをやりました。

他のホスピス(緩和ケア専門病棟)では定期的に検査を行うのか知りませんが、私の入院している所では、目に見える症状が悪化した場合くらいしか検査はしないそうです。そうだよね、「延命治療はせずに、症状の緩和を図ります。」という場所なのだからね。

でも、私は、自分の体が今どうなっているのかを知りたくて、私からお願いして、検査をしていただきました。

血液検査は血を採るだけだからいいんだけど、CTが辛かったです。まっすぐ仰向けに寝るようにがんばったんですが、とにかくお腹の腫瘍が痛い。CTをとる間だけだ、我慢できる!と思っても、裏腹に涙がぽろぽろ出るほどに痛みました。思わず、「痛いです・・・」と言ってしまいました。

技師さんと看護師さんとで、いろいろ工夫してくれたけど、結局、痛みがひどすぎて、諦めました。後できいたら、腹部は撮れたけど、胸部が撮れていなかったって。ほんとは、胸水が心配な胸部のほうを見たかったんですけど、仕方ないか。

そんな思いをした検査の結果を、昨日、聞きました。

まず、腫瘍の大きさは、腹筋部も直腸+子宮部も、ともに一割程度の増大。なんにも抗がん剤をしていないのに一割程度なら、まあいいのかな?という感じです。たとえば、6センチが6.6センチになっただけだもんね?(実際の大きさを聞くのを忘れた)

血液検査は、よろしくない感じでした。

まずは、ヘモグロビンが、普通の成人女性の半分もないらしい。貧血です。ヘモグロビンは、血液中で酸素を運ぶ役割を担っているわけですが、それが少なくなっているので、全身への酸素の供給量が減っているそうです。

どうりで最近、すぐ息切れがするわけだ。ちょっと歩くと、ぜーぜー。シャワーを浴びて出てきた日には、車椅子に乗っけられて病室まで運ばれて、そのままベッドでドテーっと寝てしまいます。

この息切れは、きっと肺に転移した奴らが大きくなっているか、胸水のせいだ!と思っていたのですが、どうやら、犯人はヘモグロビンだった模様。血中酸素濃度は悪くはないのだけど、実際問題、息切れがするなら、酸素ボンベを使う手もあるから、不安がらなくていいよ、とのことでした。

ヘモグロビンが低いということは、体内のどこかで出血が続いているってことですよね。やはり、いつも赤褐色な便の色は、血がたくさん混じっているってことなんかな?おへそからも外に出てるし。

次に、アルブミン。これは栄養状態に関するもので、悪液質に関わってくる。値が高いほうが栄養状態は良い、となります。

ですが、私のは入院時よりも下がっていました。入院後はステロイドのおかげで食べる量がちゃんと増えたのに、栄養状態は悪化している。ということは、栄養を癌に持っていかれている、ってことだそうだです。

同じく悪液質の指標となる、CRP。これは体内に炎症がある場合に高値になりますが、幸い、これは入院時に比べて悪化はしていないそうです。ま、もともと異常値(高)なんですけどね^^; 

悪液質防止のために、プロシュア(EPAとDHAを摂るため)を飲んでいますが、関係あるのかなぁ?

そういえば、お腹周りが大きくなって、張っています。うわ、これ、腹水じゃないよね?!と焦ったのですが、CTの結果では、詰まっているのはガスと便とのこと・・・ほとんどがガスとのこと^^; 下剤でコントロール可能だそうです。よかったけど、ちょっと恥ずかしかった。看護師さんから、「パンツのサイズを上げたほうがいいですよ~」だって。もともと、おへそまであるおばさんパンツなのに、これより大きいパンツって・・・巣鴨あたりにあるかなぁ。

そんなこんなで、なんとかやっています。一昨日から痛み止めが増えて、オキシコンチンが80mg/日、レスキューのオキノームは10㎎になりました。辛いことも多いけれど、そんなときはブログ村で、同じように戦っている人に励まされます。病気の進行具合が違ったり、痛みの程度が違ったりはしますが、“辛い気持ち”は、きっとみんな一緒ですもんね。


先日、かわいいお友だちがお見舞いにきてくれました。お仕事帰りで疲れていただろうに、遠くまで、ありがとう!
にあ

にあちゃんは、私がブログを書きはじめて間もなく、たまたま見つけた可愛いワンコです。ビションフリーゼという犬種です。私のは闘病ブログでワンコカテには入っていないけど、同じ病気と闘っている人にホッコリしてほしくて、リンクさせてもらってます(^^)

もふもふ
もふもふ、もふもふ。

いつかは会いたいと思っていた、にあちゃんとママ。もふもふアフロ、ふわっふわで、ほおずりいっぱいしちゃった。抱っこが上手にできなくてごめんね(^^;)それと、私の大好物をたくさん差し入れしてくれて、大感謝です。

にあちゃん、にあママ、ほんとうに、ありがとう♪♪♪ にほんブログ村 病気ブログ 大腸がんへ にほんブログ村 病気ブログ がん・腫瘍へ にほんブログ村 病気ブログ がん 闘病記(現在進行形)へ

切なかった言葉。

この前、お見舞いに来てくれた人から言われた言葉です。

「彩ちゃん、こんなに元気なのに、なんで治療しないの?なんで放っておくの?」

なんか、どうしようもなく切ない気持ちになりました。

その人は、「ホスピス」という場所がどういう場所か理解できていなくて、単に、温泉の湯治のような感覚というか、病人がノンビリするために集まってくる施設みたいに捉えていることは、話の中でわかりました。でも、

「治療したほうがいいんじゃないの?」と言われたからといって、ホスピスがそもそもどういう所か、説明する気になれなくて。

あ、勘違いしないでくださいね。ホスピスは、しぬ為の場所だとは思っていません。あくまでも、緩和ケアを受けながら、「生きるため」の場所。実際、数ヶ月ホスピスに入った後にQOLがあがって病気の進行もストップして、元気になった人もいると聞いたことがあります。

私のお向かいの部屋のおじいさんも、つい先日、元気に退院していきました。その素敵な笑顔ったら、ありませんでした。

だけど、やはり、世間の「ホスピス」に関する知識は、あながち間違っているわけでもなく。そこに入院しているという意味は、多くの人にとっては、辛い現実をつきつけられているってことだと思います。

でね。話を戻しますが、私は今は普通にごはんが食べられてるし、倦怠感もなく、起き上がっていられます。ちょっと長めの距離を移動するのは、腹筋の痛みのせいでできないので、車椅子にはのりますが、それ以外は、普通に元気にみえます。

これって、ステロイドの内服と、オキシコンチン等の痛み止めのおかげなんですよね。あと、お通じなんて、汚い話ではありますが、一体どこから出血してるの?!ってくらい赤褐色のひどいのが毎度出てきます。ものすごい下痢便で。腸閉塞を防止するために下痢便に保つのはいいのですが(だって普通のお通じでも腹筋がダメだからいきめなくて、出ないので)あの明らかな血便はどうしてくれようって感じで。

そして、お腹の上から触れる腫瘍がどんどんどんどん増えている。こわいからあまり触らないようにしているけど。

見た目は普通の人だけど、体の内部は、ぼろぼろになってるんだろうな、と思っています。

「なんで放っておくの?」と言われたとき、私の隣に母もいました。母の目に涙がじわーっと込み上げるのが見えちゃいました。事情を知っているから、もう標準治療法がないと知っているから、どうにもならないこと。人からいわれなくても、自分自身が一番よくわかっている、悔しさ。

今は、たとえば抗がん剤をやったとしても、体が副作用に耐えられず、QOLが下がる状態だそうです。この診断は、がん研有明でも次の緩和の病院でも、さらに今入院しているホスピスの先生にも言われてきた言葉。サードオピニオンまでやって同じことを言われた、みたいな(笑)

私自身も、家族である立場の母親も、辛い治療で数ヶ月の命を延ばすよりも、今のまま、QOLを保ったまま、元気に好きなことをやって生きていきたい、という意見で一致しています。

QOL保ったまま何年も生きちゃうかもしれないですけどね( ´艸`)

そういうところへ、たまーに、さっき書いた「なんで治療しないの?」という、ある意味かるがるしい言葉を投げかけられると、切なくなってしまうのです。

言った人は周りに癌患者がいるわけでもなく、私のことをすごく心配してくれてる人だからね、切ない気持ちになる部分はスルーして、「心配して声をかけてくれた」部分だけを頂戴することにします。


最近、いろんなものをオークションに出しています。私がいなくなった後、それらは捨てられる運命なので、せっかくだから、欲しいという人に持っていてほしいと思って。あげちゃってもいいんだけど、残念ながらそれらを楽しんでいた仲間とはすっかり疎遠になってしまったので、お金を払ってでも欲しいと思ってる人にあげたほうが、大事にしてもらえるかな、と思って。

中には、思いがけず高値で売れたものもあって、ビックリ。大切にしてもらいたいな。私も思わぬお小遣い稼ぎ(?!)で、ラッキーです。私の手元を離れていく物たちを段ボールに詰めながら、「これも終活なんだなー」なんて思ってみたりしています。 にほんブログ村 病気ブログ 大腸がんへ にほんブログ村 病気ブログ がん・腫瘍へ にほんブログ村 病気ブログ がん 闘病記(現在進行形)へ

兄とのひととき(^^)

一昨日は、兄が田舎から会いに来てくれました。私の病気が悪くなってから割と頻繁に会っていたような気がしていたけれど、それでも2~3回かな?

だけど、ホスピスに入るにあたってBlu-rayを見られるヤツを送ってくれたり、PC用のスピーカーの目星をつけてくれたり、と、以前に比べて、何度も連絡をくれるようになりました。

小さい頃は、とっても仲良し兄妹だったんですよ。でも、兄も私も大学進学を機に実家を出て、以来、疎遠になりました。そんな感じのきょうだいって珍しくないですよね。年に一度会うか会わないか。たまに親戚の法事で顔を会わせて、「元気か?」「うん。」いじょう!みたいな(笑)

んで、兄は、親戚のみんなにはニコニコしてしゃべるのに、私には無愛想な感じです。あまり笑わないし。共通の話題もないし^^;

んで、一昨日は、母と兄と親戚3人と私の計6人で、ホスピスの家族室におにぎりを持ち込んで、ワイワイとお昼ご飯を食べました。畳の部屋で、小さなテーブルを囲んで話が弾んでいたのですが、何かの拍子で、私と兄だけが部屋に取り残された瞬間がありました。兄は隣に座っていました。

それまで私は、自分の病気について、XELOXの頃に一度細かく説明したことがあるだけで、今の自分の病状を兄に話す機会がありませんでした。ただ、母が「お兄ちゃんにも病状は伝えてある」というので、そう思っていました。

だから、その二人きりで静かになった間に、兄に言いました。

「お兄ちゃん、私の今の病状とか、知ってるんだよね?」

「うん。でも元気そうじゃん、飯も食ってるし。」と、安心したように言われました。だから、一応ね、

「とりあえず今はステロイドを内服していて、おかげで食欲は出たし倦怠感もなくなったし、すごい助かってるんだー。でも、この薬も、いつ効果がなくなるかわからないんだって。結局ホラ、悪化していくだけの人のQOLを上げるのを目的に使われてるわけじゃん?その効果が続いて一年以上ホスピスで元気に過ごした人もいれば、2~3ヶ月で突然サヨナラ、って人もいたんだって。」

と、話しました。

兄は驚いて私の顔を見て、「えっ?!それは、彩の考えじゃなくて、主治医が言ったのか?」と言うので、「そだよ。ていうか、私がネットで調べてそういう情報があったから、それをそのまま先生に質問したの。そしたら、私の場合はその通りの処方だって言われたの。ステロイド=末期とは違う場合もあるそうだけど、私のは、それなんだってさ。」

「てことは、なんだ?これから何年も今のまま元気で、ってのはないってことか?」「うーん、ないわけじゃないんだろうけど、今んとこは、先生はそう見立ててるみたいだし、その見立ては変わるかもしれないけど。でも、来年の夏までは無理だろう、みたいに言われたよ。」私はあっけらかんとして話していたと思います。

兄は、「ふーん。」みたいに言って、私と反対側の窓の外に目をやりました。そして、

「そうなんか」みたいなことを言いました。

ここで、親戚と母親がガヤガヤと戻ってきたので、話は終わり。兄は、「ちょっとタバコ行ってくるわ」と言って立ち上がったのですが、立ち上がりざまに、私の右肩に左手で軽く触れました。ポンっと叩くというよりも、なんだか、ほんとはもっとちゃんと手を置いてやりたいけどかっこ悪くてできない、みたいな感じに、私には思えました。

そういや、兄とスキンシップ(?)なんて、何十年ぶりだろう(笑)

なんか、涙が出そうでした。お兄ちゃん、私のことを今も可愛い妹だと思ってくれてるんだな、と、思いました。(オバサン化してしまったけれど。)すごく、嬉しかったです。


親戚たちとわいわいしゃべっているうちに、いつしか話題は、40年前の各自の思い出話の暴露大会に変わっていきました。兄や私や従妹たちが生まれたり子育てで大変だった頃の、あんなことこんなこと。「えー、そんなことがあったの?」って話が沢山飛び出して、大笑いしていました。不幸話もあったのに^^;

私は、兄との思い出のうち一つを話しました。

「お兄ちゃんさ、まだ私らが小さい頃に、しょっちゅうおばあちゃん家に二人で行ってたじゃん。あの帰り道の途中に小さなお墓があったの、覚えてる?私、あれがすっごく怖くてさー。お墓んとこ通るときは猛スピードで自転車こいだの。なのにお兄ちゃん、いつも先に行っちゃうんだよ、ピューって。私、ほんとに怖くて、離れないように必死でついていったのにさ、なんでいつも私を置いていっちゃったのっ?」って。お兄ちゃん、こんな事おぼえてないだろうなー、と思いながら。

そしたら、兄。ボソッと、

「だって、俺もこわかったんだもん、あのお墓。」

だって(^^;)

40年以上たって、私は初めて、兄もあのお墓が怖かったのだと知りました。

そんな四方山話もあっという間に終わり。近郊の親戚は先に帰って、母ともう一人の親戚とが駐車場でお喋りしてる間に、兄が車のこっち側にやってきて、「年内に○○(←義姉)を連れてまた来るから。元気でやってろよ。」と言ってくれました。

なんか、子供のころと全く変わらない兄が、そこにいました。


そうそう。この日、私は3年ぶりくらいにタバコを吸っちゃいました。母は私の前では絶対に吸わないんですが、兄が結構吸う人で、二人が目の前で吸っているのをみて、吸いたくなった。といっても好んで吸いたいのではなく、逆に、どんだけまずいものを私は吸っていたんだろ?という確認作業。

癌が再発してからパッタリ禁煙し、今ではタバコが大嫌いな私。案の定、一口も吸わないうちに、

「いらん、これ!」と母に返し、「よくこんなもん吸ってたなぁ、私。」としみじみ思いました。あー、煙かった。 にほんブログ村 病気ブログ 大腸がんへ にほんブログ村 病気ブログ がん・腫瘍へ にほんブログ村 病気ブログ がん 闘病記(現在進行形)へ

母の思いやり。

一昨日から2日間、外泊許可をもらって自宅マンションに帰っていました。今は病室にひとりでポツンとしています。

母は今日、一時的に田舎に戻ったので、その前に、私も母のいるうちにマンションに戻った次第なのですが、外泊の最大の目的は、「ケンタッキーのハロウィーンバレルを食べたい!」というものでした(笑)

一昨日、元気にホスピスを出発して、自宅近所のケンタへ直行したのですが、さすがに2人でバレルは食べられない。ということで、小さなセットにしました。久しぶりのケンタは、本当に美味しかった!母も、普段そういうものを食べつけないので、初めて食べるケンタに、「おいしーー♪」と喜んでいました。

半月ぶりに帰った我がマンションは、すっかり母親仕様になっていて、私の居場所がどんどんなくなるような気がして少しさびしくもありましたが、でも、一人暮らしの主を失った部屋を清潔にキープしてくれている母には、大感謝です。

その夜は、母ともどもハマっていたドラマ「夜警日誌」の、見逃した回の録画を一緒に観て、ストーリーのいろんな謎がとけました。

他にも、私はここぞとばかりに過去に録画した東方神起の番組を観まくっていたのですが、なんと!“東方神起”の名前すら覚えられず「あの韓国人」と呼んでいた母が、録画をみながら、「あら、ユンホさんが出てるじゃん。」とのたまいました!

驚きました。以前、ユノの出ていたドラマ「野王」に母もはまって(ハマりやすいのは私と同じ)、ユノを役名の「ドフン」と覚えてしまい、以来なにを見ても「ドフンさんが出てるよ」と言っていた母。

夜警日誌を見るようになっても、「ドフンさんが出てるんだね」と言っていたけど、いつしか、きちんと「ムソクさん」(←夜警日誌での役名)と呼べるようになっていました。

それからです。私がホスピスに入ってから、どこでどう飛んだのか、母の中でちゃんと、「ユンホさん」になっていた!しかも、「ユノさんていうのは、ユンホさんのことなの?」との、上級な(?)質問まで飛び出しました。

びっくりしたけど・・・うれしかったなぁ。覚えようとしてくれたんだろうなぁ。そういえば、看護師さんが病室で東方神起のポスターを見たとき、

「娘がいい年してこんな若い男の子のファンで、親としては恥ずかしいんですけど、でもこのユンホさんていう人は、すごく真面目そうな、良い人なんですよ。」

なんて切り出し、

「というのもね、娘が見ていたDVDで、楽屋裏でのユンホさんの様子をやっていたのでなんとなく見てたんだけど、周囲に気を配って、仕事には厳しくて、本当にいい息子なんですよ~。」

とか言っていた。うわー、そこまで見ていたか!私は、首をぶんぶんと縦に振りながら、でもなんか不思議な気持ちになって、母を見れなくなっていました(^^;)

母、まさかの、ユノペン宣言?!・・・・・きっと、私を喜ばせたい、私に笑っていてほしい。その一心なのだと思います。


さて、翌日。つまり昨日は、近所のファミレスに行きました。前日たまたま目に入っていた、「牡蠣フェア」の幟。私の熱烈なリクエストにより、気乗りしていなさそうな母に付き合ってもらいました。牡蠣のドリア他をいただきました。前日のケンタに続き、癌の治療中にはめったに口にしなかったメニューばかり。

テーブルいっぱいに置かれたお皿を前に、「嬉しいな♪たとえ薬のおかげでも、こうして食べたいものを食べて、おいしいって思えるって、ホント幸せだな♪」と、ひとりはしゃぎ気味な私。たぶん、母も喜んでたんじゃないかな。

とか言って、文面だけだとまた良い母娘にみえると思いますが、ものすごい口げんかを1回と、小さなどーでもいいケンカを何度も何度もした、この二日間でした。


母親は、私に対してとても気を遣ってくれています。探し物をしていて、たまたま昨日見つけてしまった、母のメモ書き。そこには、ホスピスに入るまでの私の毎日の様子が書かれていました。

「彩、涙を流しながら痛みを訴える。どうしよう、とおろおろする私に、お母さんは、ただ大丈夫だよって言ってそばにいてくれればいい。それだけで安心するから。と言われた。これでは、どっちが励まされているんだか分からない。」

「今日の彩は、調子が良さそうだった。起き上がっている時間がいつもより長かった気がする。」

「とても良い天気だった。彩と一緒に遠出したいが、彩の具合が悪そうで、かわいそうだった。もっと効く薬はないのかな?」

こんなふうに、私のことを見ていてくれたんだ。そして、私も、母に気を遣っている。それは、変な気の遣い方ではなくて、相手への気遣い。愛情のひとつ。昨夜は、夜中の3時におへその腫瘍が出血してパッドから血が漏れ出てしまったので、音をたてないようにパッド交換をしていました。そしたら、隣の部屋で寝ていた母が起きてきた。交換は一人でできるから何をするわけでもないのに、黙って見ていてくれた、母。

いくらケンカをしても、頭に来すぎて家を飛び出しても(←昨日の私^^;)、特に仲直りの言葉なんてなくても、自然と笑い合っている。(たいてい、美味しいもの食べて^^;)

だけど、あまり仲を修復しすぎてしまうと、この世界で「やり残したこと」がなくなってしまう気がして怖いので、もうちょっと、やり残しておきたいかな(笑) にほんブログ村 病気ブログ 大腸がんへ にほんブログ村 病気ブログ がん・腫瘍へ にほんブログ村 病気ブログ がん 闘病記(現在進行形)へ
抗がん剤アンケート
終末期アンケート
FC2プロフ
プロフィール

彩

Author:彩
2012年12月、S状結腸癌再発。腹膜播種、卵巣転移。
初発は2010年ステージ3aでした。根治手術からちょうど2年後の再発でした。
現在は、標準治療を終えて、ホスピスで緩和ケアを受けています。
東方神起の復活まで生きたいなー。ムリかな(^^;)

2016年3月20日永眠

最新記事
カテゴリ
最新コメント
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

月別アーカイブ
リンク
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QR
ブログ村
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。