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最初の告知

癌の告知。ドラマでよく見るシーンと現実とでは、様子が全く違うというのは、がん患者さんやご家族はご存知ですよね。あっさり告知されて驚く人が殆どに思えます。ドラマ、どれだけ演出してるんだよっ。て感じ。(中にはドラマ通りの告知の人もいるのかな?)

で、私の場合はどうだったのか、記しておきます。

最初に告知されたのは、2010年8月。都内のM総合病院でした。下血と激しい腹痛で救急搬送されたものの、「痔です!」といって家に帰され、翌日受診するも、一般内科で再び「痔です」と帰されそうになったのを食い下がって、大腸内視鏡の予約をいれた。

そして、検査。例の2リットルの下剤を飲んで、その威力に驚きながらも張り切って(?)病院へ行き、お尻から内視鏡を入れられて間もなく、医師の手が止まりました。S状結腸に大きな腫瘍。内視鏡が先に進めなかったです。

その時は私は画面を見ていなかったし、初めての下部内視鏡だったので検査がどんなものかも知らなかった。なので、やけに早く終了したことに疑問も持たず、「なーんだ、胃カメラに比べたら屁のカッパじゃん」くらいにお気楽でした。何かあればその場で切り取ると信じて疑わなかったので、「切った気配もないし。なんにもなかったのか~。痔だったのか?」ぐらいにお気楽。

この時の担当医は、とっても若い男性でした。おとなしそうな、気の弱そうな人で、たしか、独り立ちして1年目と言っていた気がする。私は「誰でも初めての時があるもんね。内視鏡の練習台にしていいよ」と内心思っていました。手術じゃないんだから、いいよ、って。

で、この新人先生が、私の検査後、動かなくなったんです。

私が「どうだったんですか?」ときいても、無言。何かをじっと考えている。

やがて、言いました。「早急に消化器科を受診してください。その時、ご主人を連れてきてください。」

私、「主人は休みが取れないんで、来れません。家族は他にいないので、一人で来ます。大丈夫です。」みたいなことを言いましたが、先生は、「いや、ご主人を連れてきてください。なんとか休みをとってもらってください」の一点張り。

私、おかしいなあ、と思い、「なんか大きな病気なんですか?」と訊きました。医師は、「それは診察の時に消化器の医師からお話しします。」「とにかく、今はお話できないので、次回、ご主人と一緒に診断をきいてください。」

さすがに、「あ、癌なんだな」と思いました。案外、ケロっとしていました。むしろ、自分のことよりも、こんな病気を見つけてしまった新米先生のプレッシャーが心配で、そっちのほうが心苦しくなりました。

後日、消化器科の医師から、「癌です。」と普通に言われました。まるで、「風邪ですね」とか「食あたりですね」とか言う町医者の言葉のように。

私は「はぁ」とかなんとか言っていたと思います。隣で主人がびびりまくっていたのは覚えています。(← さんざんぶうたれていたのを無理矢理こさせた。)

あ。痔かどうかのほうが気になって、確かこのとき確認したと思う。いや、内視鏡の時だったか?どっちでもいいか。痔はなかったんですよ~。

で、帰宅して、普通に夕飯の支度をしていたら、夫がキッチンに来て言いました。「なんでそんなに普通にしていられるの?癌だよ?オレ、どうしていいかわかんないのに。」と。彼はおろおろしていました。私は、「切っちゃえば治るって先生いってたじゃん。だから大丈夫だよ。ちょろっと切ればいいんでしょw」とか答えていました。

夫は、開腹手術に対しても不安が大きかったようです。お腹を切るんだよ?!なんでそんなに平然としていられるの?!と。

でも、その数年前に、もっと大きな手術の経験があった私には、お腹を開けるのはまったく恐怖ではなかったんです。

そう、その手術の前、成功率が低いこと、成功しても植物人間になる可能性が高いこと、失敗したら死んでしまうかもしれないことなどを告げられていました。この経験があったから、癌の告知もなんともなく受けられたのかも。


まぁこんなふうに、初めて癌になったときは、なにやらお気楽な私でした。治ると思い、再発なんかしないと信じていた。

それでも、泣いたのかなぁ。覚えてない。ただ、夫があまりにもびびっていたので、不安を与えないよう明るく振舞っていた記憶はあります。


あれから3年が経ちました。その間に再発して手術して抗がん剤して。そうだ、病院も変わったんだな。ついでに夫も消えたな。

再発の告知のほうが、ショックが大きかったです。比べものにならないくらいだった。再発のときは・・・恐怖しかなかったような。記憶が薄れる前に、いつか記そう。


余談ですが、術後の経過観察中に行った内視鏡検査は、泣くほどつらかったですよ。初めての内視鏡で「ちょろい」と思っていた私は、油断しまくっていました。そりゃそーよね、S状結腸すら越えなかったんだから。

きちんと上行結腸まで行ったときは、ほんと涙目でした。

月日がたって、3年前に想像していた自分と全く違う自分が今、います。ひとりで闘病している。(いや、闘病ってほどじゃないな。)ちょっとさびしい時もあるけれど、これも私の人生。案外、悪くないかもですよ^^ゞ
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コメント

No title

私は出血で救急車、たまたま母さんの主治医がいてくれて、いきなり人差し指入れられ、ある ! 、先生ヒット ? うん・・・・・でした。
直腸ぎりぎりでストマーだなって思ったの覚えてます。

ホントですね。
医者はあっさり伝えますよね…
私は明け方に腸閉塞で担ぎ込まれ、緊急で行なった内視鏡で見つかりました。
その時に立ち会っていた研修医が『あっ、ガンだ!』って嬉しそうに言っていたのに驚きました。
尻にカメラ入れられてる状態で血の気が引いたのを覚えています。
所詮、他人事なんだな…
お互い苦労する季節になってきましたね。
手足のケアをして乗り切りましょう!

私も・・

何であんなに普通にさらっと告げられるんだろうって。
だって、手術したって完全に治る病じゃあるまいし、ましてや今後の人生どうなるか解らない人に何てあっさりとと思ったもんです・・・。
「ストマーになるのですか?」との問いかけに、「いけるんやないん?まぁ一時的に付けるかもしれんけど」といい、早々に外科にまわされました。
外科の今の主治医に「死ぬんなら言ってくださいね」って聞きました。
すると主治医はただ優しく微笑みながらやや首を横にふるだけで、否定も肯定もしない曖昧な表現をして治療(手術)の話に戻ったのです。
彩さんのブログ読んで急に記憶が蘇りました。

>あんぱん父さんへ

人差し指^^; わかるらしいですね。私の婦人科の主治医がいつもやります--; 「あるねー」と言われます。一度「なくなった。よかったね」と言われたのに、また出現しました。

私も今度「ヒット?」ときいてみようかな?

>きよさんへ

きよさん、お久しぶりです^^

> その時に立ち会っていた研修医が『あっ、ガンだ!』って嬉しそうに言っていたのに驚きました。

ひどいですね、その研修医。ショックを通り越して唖然としそう・・・。
医者からしたら患者は仕事の材料みたいなものだから、そんな言葉が出るんでしょうか。ちゃんと心を持った人間だってことを忘れない医者になってほしいです。

これからの季節、乾燥させたら手足症候群が一気にきそうです。さらにエルプラットの冷感刺激も>< 水を触れない生活がもどってきますね>< 予防につとめましょ♪

>麻花さんへ

今はがん患者も当たり前のようにたくさんいるから、医者もいちいち取り合っていられないのかしら。私は、個人的な考えだけど、あっさり言うのは深刻な病状じゃないからだと思うこともあります。再発の恐れはあっても、その時点では根治可能であれば、そんなに深刻な症状とは捉えないのかも。

でも言われたほうはたまったもんじゃないですよね。深刻かどうかって感覚は人によって違うから、ガンと言われただけで動揺する人だっていますよね。そっちのほうが多数を占めると思う。だから、もうちょっと、患者のタイプを見極めて話すとか、工夫がほしいかな。

No title

私は、ある程度は覚悟して検査に挑んだし、家族は連れて行かなかったので、その場で本人に告知されても「あぁ、そうですか」って、どこか他人事みたいな受け方(現実逃避?)したのを覚えています。
「直腸ごと切れば治るよね」と安易に考え、肝臓に転移が発覚しステージIVだったときは流石にちょっとショックでしたが、それでも“死”への恐怖は未だありません。
「これも運命、なるようにしかならない」と、脳天気に今も元気に生きています(^_^)v

ちょっと更新さぼってました。ごめんなさいm(__)m

>毒遊さんへ

能天気に捉えたほうが、気分が楽なだけでなく、病気にも勝てそうですね^^ 私も初発のときは「切れば治る」と単純に思っていました。今も、わりと単純に考えられるようになってきましたが。

病気が病気なだけに必要以上に心配しちゃいました。入院しちゃったのかなぁ、とか^^;ごめんなさい。ばりばりお元気そうで安心しましたよ~。
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プロフィール

彩

Author:彩
2012年12月、S状結腸癌再発。腹膜播種、卵巣転移。
初発は2010年ステージ3aでした。根治手術からちょうど2年後の再発でした。
現在は、標準治療を終えて、ホスピスで緩和ケアを受けています。
東方神起の復活まで生きたいなー。ムリかな(^^;)

2016年3月20日永眠

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