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父の命日。

今日12月19日は、父の命日です。8年前、73歳でした。

癌を患っていた父ですが、再発は無く、死因は別のものでした。以前にも記事にしたかと思いますが、改めて。

当時、父は、体調が悪くて検査入院をしました。どこが悪いのか外来では判らず、検査入院になったわけですが・・・

入院先の個人病院で、誤診されて、それに伴った誤った医療を施されて、そのまま亡くなりました。検査入院してからわずか数日だったと記憶しています。

当時の私は、鬱病が最も酷い状態でした。東京にいる私の所に、母親がしばしば上京していました。私の自傷行為がひどい頃だったので、両親はとても心配していて。私は私で、外出するのが怖くて、公共の乗り物にも乗れず、田舎に帰ることができずにいたと思います。(もう記憶が薄れている)

父はといえば、その何年か前に直腸がんを患った際、人工肛門だけは嫌だと拒否したため、トイレがとっても近い状態になっていました。そのため、家に閉じこもりがちに。もともと若い頃から丈夫ではなかった人なので、あまりアクティブではなく、ひたすら仕事に打ち込んでいるような人でした。

父は私をとてもかわいがっていました。年を取ってからの子供だったせいもあるのかな。兄のことは厳しく育てたようですが(おかげで兄は今でもしっかり者)、私のことは猫かわいがりだったと聞きます。

なので、鬱病でめちゃくちゃな生活を送っていた私のことを、それはそれは心配していたそうです。だから、自分の体調が悪くても、母を私のところへ遣わしたらしい。母は母で、上京するたびに父を心配していました。今思えば、体力的にも精神的にも一番大変だったのは母だったかもしれません。

そんなふうに私が母を借りてしまったから、父は、田舎で一人で過ごす時間が多くなりました。

そして、体調を崩し、先述したとおり、検査入院に至って、亡くなりました。

私のせいで、父は亡くなったのだと思いました。

父が亡くなる前々日、兄から「お父さんが危ないから帰ってこい」と連絡を受けていました。兄と母が、父についていました。

私はすぐに帰省の足を予約して、次の日に帰るつもりでした。

が。その朝になっても、どうしても、外に出られませんでした。うちのマンションから線路が見えるのですが、その電車に乗らなければ、と思うのに、どうしても怖くて、一歩も外に出られませんでした。そして、思いました。

「お父さんが死ぬわけない。大丈夫だろう。」

帰省しませんでした。

父は、ベッド上で、恐らく麻薬の副作用だと思いますが、錯乱状態だったそうです。温和だった父が、別人になっていたそうです。それでも、幻聴と幻視の中でも、私の名前を呼んでいたと、後から聞きました。

その日の夜中、たしか、日付が変わってすぐくらいに、亡くなったと知らされました。

夜が明けてすぐ、田舎に向かいました。もう、怖いとかいう感情はなかったと思います。ただただ悲しくて、後悔ばかりで、電車に乗ったのだと思います。

そして、高速バスの中で、前日に帰らなかった自分を激しく責めました。

対面した父の顔は、残念ながら、穏やかとはいえませんでした。苦悶しているわけではないけれど、苦しみがあふれた表情でした。口の周りには、何か器官を入れられていたのか、大きな擦り傷がありました。

錯乱状態で、ベッドに手足を縛りつけられて、私の名前を呼んでいた。

泣きました。今までの人生で、一番激しく泣いたと思います。


最後に父に会ったのは、その年の夏休みでした。たぶんその年、です。(鬱のころの記憶は本当にあやふやですみません。日記でもつけていればよかった。)

そのころの私は、父を鬱陶しく思っていました。母に、「なんで彩はオレを嫌うんだろう」とぐちっていたくらい(^^;)

嫌いではなかったけど、たまーに家に帰ったときの干渉がうざかったんだと思います。干渉といっても、父にしてみれば、ただ沢山話しかけていただけ。私が、それを鬱陶しがっただけ。

だけど、その夏は、父に優しくしたいという気持ちがむくむくと湧いてきて。父が何かで病院に行くと言ったときに、「私も一緒に行く!」と言いました。父は、それはそれは喜んで、「彩、どうしたんだ?!」とか言いながら、嬉しそうに車を運転してくれました。

診察の間、「ヒマだろうから、そこらへん散歩でもしてこい」と言う父に、私は、「ここで待ってる」と、ロビーにいることにしました。

診察を終えて、少し離れた場所からこっちへ歩いてくる父の姿が見えました。私を見つけると、なんともいえない笑顔を見せました。照れたような、困ったような、でも、すごく嬉しそうな。

その笑顔は、今でもはっきり覚えています。黄色いTシャツを着ていたのもよく覚えています。(派手なのは母のシュミ)

それが、父との最後の思い出になりました。

私が父の用事に付き合うなんて、大人になってから初めてだったかも。私の中で、何かを感じとっていたのでしょうか。

その休みも終わって、再び上京するために高速バスに乗りました。父と母が見送ってくれたのですが、バスが発車するとき、母は車を降りて手を振っていましたが、父は、車を移動させるために運転席で後ろを見ながらバックさせていました。

顔は見えなかった。それが、生前の父を見た最後でした。

父が亡くなって、私の鬱は一時期、よくなりました。が、いろんな後悔があって自分を責めたり、または別の環境因子などのせいで、再び鬱が悪化して、父のところに行きたい、と何度も思ったりしました。

やっと、いま、メンタルは元気になりました。父は、私の鬱病をとても心配していたそうです。だから、治った姿を見せてあげたかった。

今は癌だけどさ。

父は私の癌を知りません。天国から見ているのだろうけど、まさか、娘が癌になるとは思うまい(笑)


今朝、夢を見ました。73歳のままの父が、元気に登場しました。目が覚めたとき、ほっこりしました。

哀しみはいつまでも消えないけれど。あの人の娘に生まれてきて良かったな、なんて、今頃思ったりもしています。

顔がでかいとこ、似たくなかったけどね(^^;)
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コメント

No title

ご無沙汰してます。
抗がん剤、大変でしたね。

でも、お父様、出てきてくれてよかったあ。
それで、少しでもあやさんがホッとできる瞬間があることが
うれしいです。うちは、ダンナさん、ちっとも出てこなくて
三ヶ月近くなるのに一度切り。夢自体を見ないせいもあるけど、
見た夢さえ、忘れてしまって、ダンナがなにしてたのか?
サッパリ覚えてない始末。だから、夢をみたよーという人が
とても羨ましくて。ほっこり、が彩さんの体力回復の力に
なりますように。因みに昨年癌で亡くなったうちの父も誕生日の
一日前だったので、73歳でした。
やはり、顔がでかくて私が似てしまいました。でも、彩さんの顔でかくないから!テレビで見た記憶からですが、彩さんでかかったら、私規格外ということになります〜(>人<;)

No title

こんにちは。
体調はどうかな?ぐりぐり君はまだ暴れているの?
いい子にしてればいいけど…。
彩さんのことが大好きで、とても心配していたおとうさん…。なんか、父親って母とは違う。文字通り違うと思いませんか。

わたし、父とは喧嘩にならないの。母とは今でも喧嘩することがあるよ。なんでかな。

彩さんのおとうさん、どうか彩さんのことを天国からいつまでも見守っていてください。

父親

こんにちわ
昨夜からいっそう寒くなった信州です
雪はこの前からふらないけど、メチャ寒い(´Д`)

昨日点滴してきて明日まで5FUの私は、冷気でビリビリです 辛いねー 

父親って、子供のころは誰より頼れる存在で、大きかったのに、いま79才の私の父は、現役でまだ豆腐作っています もう、ユックリしてほしいけど、自分の存在をそこにおいてるみたいに断固としてやめてくれません 私は両親に癌のことは話したものの余命二年のことは、夏に告知されたものの未だ言えません 
以前、彩さんのお母さんに言わずとも知っていた話しん思い出し、覚悟したのに言えずに帰ってきた始末
年内にとは思いますが……どうなんだろ 言わないほうが良い?ショック受けた親が心配です

年をとるにつれ、小柄になり、一刻ダった父がすこし話がワカル人になり、自分の父は俺の年には居なかったと、つぶやきを聞いた時にはとドキッとしました

物事には順番がありますが、入れ替わっても順番通りでも残される人は悲しむから 

彩さんのおとうさんみたいに、大切な人の所には
此処って時にでてほしいです
いつか私もそうしたいかな

>あき母さんへ

あき母さん、その後いかがでしょうか。心配しつつも、かける言葉が見つかりませんでした。

私はほぼ毎晩、夢を見るんです。カラーで鮮明な夢。これって、眠りが浅いってことですよね。だから、夢を見ないという人が、私からは羨ましく見えます(^^)

私がTVに出たのを覚えていて下さるって、前のコメでお聞きしていたけど、私の顔まで覚えてましたか?!今よりずいぶん若かったですが(笑)まー、お恥ずかしい^^;でもありがとうございます。嬉しいです。

年末で慌ただしいことと思いますが、御自愛くださいね。

>なっちぃさんへ

こんばんは~。お腹のグリグリは元気いっぱいだよ(--;)外側にも大きくなって、おへそを内側から押し上げていて、おへそがおかしなことになってます。痛いし。抗がん剤で小さくなってくれればいいんだけど。

なっちぃさんの腰痛も心配です。ブログにお邪魔してコメしようとしたんだけど、アメーバID持ってないとダメになっちゃったのね。

私は父にはとても甘えていました。大学の頃に片思いの悩みを父親に聞いてもらっていたくらい(笑)懐かしいな~。

>SORAさんへ

こんばんは。SORAさんのお父様、現役なんですね!すばらしい。うちの父は会社員だったので、定年後は家にいましたが、根っからの仕事人間だったので、ときどき会社に出かけては技術指導とかしていたようです。化学系の職業で、あのノーベル賞の青色LEDが発明された当時、「すごい発明がされた!青い光ができた!」と騒いでいましたよ。

こうやって父親の思い出を話すことで、父は今でも私の中に生きてるんだなって思います(^^)年末年始は久しぶりにお墓参りです。
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プロフィール

彩

Author:彩
2012年12月、S状結腸癌再発。腹膜播種、卵巣転移。
初発は2010年ステージ3aでした。根治手術からちょうど2年後の再発でした。
現在は、標準治療を終えて、ホスピスで緩和ケアを受けています。
東方神起の復活まで生きたいなー。ムリかな(^^;)

2016年3月20日永眠

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